カウンター
[PR] ポイント ギャラクシー 僕の宗教

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

僕の宗教

じいちゃんが死んだ時もばあちゃんが死んだ時もお坊さんが来てお経をあげていて「テンポ上げて読むわけにはいかんのかね。ゆっくり読む意味が分からない。そろそろ足いてえし。早く切り上げてくんねえかな」なんて思って横を見たら親父は悠々と胡坐。「駄目だ、こいつ。なんとかしねえと」と思ってあたりを見回すとおじさんも従兄弟もアグラで血のつながりを強く意識しながら足を崩した。祖父と祖母の時がそうだったからおそらく僕が死んでもお坊さんが来て物々しくお経を上げて戒名をくれるはずだろう。戒名を貰ってあのオーソドックスなお墓に入るのだ。

だから僕は仏教徒となる・・・・・・のだろうか。

別に仏様に対して思い入れもない。ましてや信仰なんて。まあ、でも特にそれに対する弊害はないし、むしろ意味が分からない宗教よりかはよほどいいから消極的な理由であっても仏教徒ってことでオッケー。

聖戦って言う言葉を確か高校の世界史で習ったんだけど、宗教的な理由で工程される戦争のことで十字戦争とかが有名なはず。日本とかでもあったようですね。詳しくはセルフサービスで。

まあ、他教徒と戦え、ぶっ殺せってことですよ。意味合いを凄く間違った感じにシンプルにしていると思うのでだけどね。結局戦争ですから。

いや、でもね。おそらくあの人たちだってだって戦争なんかしたくないはず。僕なんか胸ぐら捕まれてぶん殴るぞなんて言われて「やめましょうよ。めんどくさいし」と言うよいなちんこがあるんだかないんだかな臆病な人間だから正直血の気の多い方々の考えは分からないのですが、でも殺し合いは一部の人格破綻者を除いて嫌なはず。

でもあの時代の人たちは聖戦と銘打って戦い、殺してそして死んだ。宗教的な理由以外にも時代とか政治とか色々あるんだけど、他にも理由があるらしい。

聖戦で死んだものは楽園で永遠の処女と毎晩セックスが出来る。

そんな教義みたいなもんがイスラム教にはあるらしい。うわあ、アホ丸出しじゃないですか。セックスのために頑張るってもう、いやだ、このちんこ。まず永遠の処女の意味が分からないし、するたびに「痛い、痛い」言われてたらなんかもうインポになりそうだし、そもそも好きな人とがベストだし、毎晩セックスしたいわけでもない。

僕はよくおっぱいに埋もれて死にたいなんて言うんだけど、これもどうかと思う。なかなか魅力的と言わざるを得ないけど、でもやっぱりベストな死に方は自宅のベッドで妻と子供、孫に手を握られて・・・なんて死に方だからやっぱりおっぱいはノーセンキュー。ていうか70くらいになったらさすがに性欲とか女体に対する情熱は薄れているだろうし、女性に囲まれて「俺、今死臭ぷんぷんなんじゃなかろうか。こいつまじでくせえとか思われているかもしれん」とか考えて安らかに死ねなそう。却下。

死んだ後くらい人の気持ちとか係わり合いとかそういう色々とめんどくさいものを廃して死んでいたい。セックスはその願望を全然満たさないどころか正反対のところにあるから生きている間だけでそれも30歳くらいまでで満足しておきたい。

僕はパンチラくらいでいい。パンチラこそが僕の天国。
スポンサーサイト

Comment

投稿

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

http://galaxy000.blog123.fc2.com/tb.php/51-2cf4acfc

 | HOME | 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。