カウンター
[PR] ポイント ギャラクシー ファインダー

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ファインダー

「下ネタなしの文章をかいてください」

五秒で挫折した。本気出す前に諦めた。

「先日、女子高生に手を出すのは犯罪って言うのは間違っていると思うんだよなあ、あーJKと一発かましたいとか考えながら歩いていたときのことなんですが」

下ネタなしにしようと思っていたのに書き出しにこんなの書いちゃってもう自分がいやになった。


「小説を書いてください」

女子高生からのメールだったから本気出した。

一からの創作は無理だったので僕、友人、知人のエピソードを足して割らないそんなフィクションです。ちなみに下半身の方も本気出したい、君とな感じなんですけど、どうですかね、今晩。毎晩でもぜひ。

冗談(ではないけれど)はさておき、興味がある方は追記からどうぞ。

ずっと頭の中でちらついていた受験と言う言葉がドドンと目の前に現れた高校三年の春。桜が散り始めた頃に一緒に住むじいちゃんが死んだ。何よりも孫を愛したじいちゃんが俺の次に愛したもの。それがカメラだった。

定年して10年くらいはふらふらとカメラだけ持って好き勝手やっていたらしいんだけど、俺が生まれた頃に糖尿病って分かってそれからはずっと家にいるようになった。お前が生まれたからだよ。なんて言うけど、それは絶対嘘だ。じいちゃんはいつだってシャッターチャンスを狙っていた。

俺と妹の入学式・卒業式・誕生日の時はいきなり元気になって何枚も何枚も俺らを撮っていたし、ここらへんの景色は全部撮り飽きたと呟くのを聴いたことがある。

じいちゃんは元気だったら俺がいてもいなくても家にいなかっただろう。

そんなじいちゃんのカメラが俺に回ってきたのはじいちゃんの遺言のせいだった。と言っても正式なものじゃなくて言付けみたいなもん。ばあちゃんに生前伝えていたらしい。それでその理由なんだけど、ギターをいじっているか女の子を連れ込むかのどっちかだった俺にカメラを通して健康な精神を云々と言う具合だったららしい。四十九日が過ぎた頃にそんなお説教とともにカメラを渡されたってわけだ。
見合いで結婚した元公務員のじいちゃんは女の子をとっかえひっかえの俺をいつも心配していたらしい。

なんだそりゃ。

なんて言わないで笑顔でばあちゃんからカメラを受け取る。ばあちゃんにあたるのはどう考えたって間違っているから。勉強しなくちゃいけないから行くねなんて言って仏間を出て部屋に直行。棚のあいているスペースにカメラを置いてギターを手に取る。

孫への願いが詰まったカメラには反抗の形として埃を被ってもらう。

じいちゃんが死んだ頃に付き合っていた彼女の次の次の次の彼女と付き合っていた頃にはもう大学生活も慣れてテストも終わって夏休みに入っていた。

昔の女のことなんて忘れたよなんて言うけれど、僕の場合、付き合っているときも分かっていない。趣味とか住んでいるところとか。職業とかいちいち覚えていない。必要ないし、必要になったら会話の中から引き出せばいいし、駄目だったら別れればいいのだ。

だけど、その彼女の趣味はちゃんと覚えている。カメラだ。お台場に行った時、大事そうにカメラを持ってきてた。カメラのことなんか正直どうでもよかったんだけど、特に話題もないからそのカメラ誰の?とか聴いてたんだ。そしたらなんとそのカメラがライカでピンと来ない人のためにもっと言うとライカってのは中古でも40万はする。そのカメラ高いんだねなんて平常心で煙草燻らせてたけど、頭の中では40万が踊ってた。そしてじいちゃんのカメラがあった。

その後、飯食って二回セックスしてホテルに泊まって朝の10時くらいに家に帰って部屋着に着替えてカメラを手にとる。さっさと埃をはらって色々確認したらニコンのF4ってカメラらしい。ネットを駆使して値段を調べるとちょー期待はずれ。ライカだったらSGカスタムが買えると思ったのに。

その夕方起きて形見売ろうとしてごめんって心の中でじいちゃんに謝る。形見をもうちょっと大事にしようなんて思う。けど、興味はないからまた少しの間埃を被せることになる。


うちの大学は秋休みがあってその秋休みに車で草津に行ったのはその次に付き合った彼女とだ。遠出だし、カメラ持っていくかなんて思って見栄えのいいじいちゃんのカメラを持っていく。

その旅行でカメラは使わなかった。たいして観光地回らなかったし、重くて操作もめんどくさくて車に終始置きっぱなしだった。

次はそのカメラで撮ってねなんて上目遣いで言われて少しカメラを勉強しようと思う。彼女のことは別に好きじゃなかったけれど、我が儘言わないし、話が合うし、家も近からず、遠からずでめんどくさくないし、セックスの相性もいいし、何より可愛い。

はじめての一眼レフカメラなんて名前の本を買ってきて露出、絞り、F値と基本的な用語と使い方を覚える。分かってしまえば対して複雑なもんじゃなかった。

部屋にあるギターを撮って十回くらい撮ってすぐに飽きて部屋を出る。ドアの前にいた飼い猫のカーコを二、三枚撮ったところでカーコに逃げられてそのまま追いかけて階段を一緒に下りて居間に行って居間から台所で夕食の準備をする母の後姿をパシャリ。高校の制服を着て寝転がる妹を撮ろうとしたら蹴りを入れられそうになって逃げて家から脱出して庭へ。カメラを覗いて被写体を探しながらファインダーを覗いてキョロキョロしていたら夕日を直視してまぶしくて顔をあげる。

直接見る景色はかなり綺麗だ。またファイダーを覗くとピンぼけ。絞りとか色々いじって目で見る景色に近づけようと試行錯誤したけどその日は結局うまくいかなかった。おしいことしたなあなんて風呂で少し落ち込む。

その三日後にフィルムを一本使い切ったけれど、あのときの夕焼けよりも綺麗なものを撮れないからなんか現像はしたくない。変なとこが完璧主義なんだ。その次のフィルムもその次もしなかったからどんどんと現像していないフィルムが部屋に溜っていく。

カメラに触れるうちにどんどんのめり込んでいく。貯まるフィルムと増える一人の時間。いつの間にか彼女といた時間がカメラを触る時間になって結局彼女を撮ることなくふられてしまう。

こういうのを本末転倒と言うのだろうけど、カメラを触る理由が変わったからカメラとはいつも一緒。なんとなくあのときのゆうやけよりも綺麗なものが撮れたなんて思った頃にはもう半年経っていて半年も彼女がいない生活を送っていたんだと思ってぎょっとする。

その後、バイト先の居酒屋で同じアルバイトだった娘と付きあうことになる。成り行きだし、中の上くらいの今までから見たら対して可愛くない彼女なのに今までに経験のないくらい好きになっちゃって驚く。もう彼女なしの生活は考えられない。瞬間、瞬間に見せる彼女の表情がなんとも愛おしい。今まで付き合ってきた彼女とは何か違ってそれを感じるたびに彼女たちに悪いことをしたなと思うのだけれど、今更どうにもならないから彼女と二人で幸せに過ごすことだけを考える。歴代彼女のためってよりも自分と彼女のために。

パシャリ、またパシャリと繰り返す。カメラと景色のことだけを考えてひたすら。そんなカメラの時間でたまに思う。今の俺はじいちゃんの言う健全な精神云々を満たすのかな、少なくともあのころよりはましになっただろうなんて。でも現像しないフィルムを見て苦い顔をするじいちゃんの顔が浮かぶから俺の反抗はまだ続いているんだよね、きっと。
スポンサーサイト

Comment

投稿

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

http://galaxy000.blog123.fc2.com/tb.php/41-8b38ede4

 | HOME | 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。