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[PR] ポイント ギャラクシー 若者が死ぬ社会で

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若者が死ぬ社会で

講堂から脱出して友人とタバコを燻らせながら「もし僕らが死んだら」となんとも思春期的な議題で喋っていた。そんな議題より大切なものがこの世の中にはいくつもある。例えば講義だ。

「もう俺死のうと思う」

ことの発端はこの言葉だった。これだけ見れば病んでるフィーリング。しかし僕に真面目な話を振る友人なんていないことを考えるとそれはさえずりでしかない。悩み相談なんて一度もされたことない。

「男心が分からないんです」

一度、バイト先でそんな議題で悩む女子高生がいたから「可愛い子とセックスしたい。それが男心」と優しく諭したら次の月に女子高生辞めていった。でもそういうことなんですよ。世の中の男って本当に汚れている。そんな社会で僕だけが今日も純潔を貫いている。世界平和とか子供たちの笑顔だとか。それが僕の望みだ。後は姫咲しゅりの無修正がyourfilehostに流れれば言うことはない。

話がずれたけれども僕らが死んだら。親が悲しむとか何人葬式に来るか。そんな話じゃない。遺品とでもいうのだろうか。僕らの所有物に関する話だ。

「俺もう死のうかなと思って」

「銀行預金はどうするのかな?」

「全部使ってから死ぬ」

「糞にまみれて死ね」

僕らが死んで体が灰になっても残されるものがある。思い出だとか悲しみだとかよりも実質的なもの。遺品。

服、家具、本、CD。六畳の部屋に物が溢れ返っていると言うわけではないけれど、それなりにはある。その中には日記だとか人に見られたくないものがあってそのカテゴリーの中に夜の営みに関するエトセトラがある。

「残されたものはどうなる?」

シリアスな台詞ではない。もの=アダルティーな類の物であるから。机の一番下の引き出しの奥底に隠された魑魅魍魎をどうするんだ?とそんな話だ。

「捨てる」

そうだ。部屋からなくせばいい。けれども、そのすべてを捨てるのはなかなか難しい。一年前にある類の物を清算した僕であるが最近部屋を整理していたらふたりえっちが二冊出てきた。ふたりえっちを知らない可哀想な方々にそれを説明すると、舌技だとか対位だとかに関する漫画本だ。僕は見つけた刹那二回ずつそれを読んだよ。大変興味深かった。

それにだ。死ぬ前にオカズを捨てる。名誉のためであるけれど、そこに高尚さはない。エロ本だとかAVを最寄りの中学の通学路近くに捨ててその数日後に命を絶つ。他の人に対する名誉は守られた。しかし、自尊心はそのときに死ぬ。




件の会話は数ヶ月前になされたものだ。あの時、彼が本気だったかは分からない。友人は今日も生きているから本気じゃなかったと言えるかもしれないけれど、そんなもの結果論だ。真実は分からない。

「無様に生きるよりも死を選ぶ」

その美学だとか思想を否定はしない。しかしこの更新を見て何かを感じて欲しい。要約するなれば「死後、あなたの両親に引き出しの奥底のプレイリストを見られたら」だ。

最後に一つ。自殺は惨いものだ。大きな悲しみを生む。

僕の知人に母親を自殺によって失った人がいる。長い付き合いになるが、彼の心からの笑顔を見たことがない。何かと不条理な世の中だけれど、生きて欲しい。それが僕の願いだ。

あとは姫咲しゅりの裏がyourfilehortに流れれば何も言うことはない。
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