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[PR] ポイント ギャラクシー 2008年09月

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せぇるすまんは笑ゎない

わたしの名は喪黒福造……人呼んで『笑ゥせぇるすまん』
ただの『せぇるすまん』じゃございません。わたしの取り扱う品物はココロ、人間のココロでございます。

この世は老いも若きも男も女も、ココロのさみしい人ばかり……
そんな皆さんのココロのスキマをお埋めいたします。
いいえ、お金は一銭もいただきません。お客様が満足されたら、それが何よりの報酬でございます。

さて、今日のお客様は……

【仁成(21)学生】

ホーッホッホッホ……


首、言い換えれば頚部が繋いでいる甲と乙は頭と胴体。足首、手首も同じように手と腕を繋いで足首もまあ、同じ感じ。それに対して乳首はイレギュラーな存在でこいつが架け橋となるのは胸と乳児なのだ。だから体の器官とか部位をつなげていると言うわけではない。他人と自分の胸をドッキングと言うなんとも革新的な器官。それが乳首なのだ。

しかしだね。僕が思うにが思うに乳首はもっと頑張ったほうがいい。首、手首、足首が常時頑張っているのにあいつだけはたまに「乳首さーんご指名入りましたー!」「うぃーっす!」「元気よくお願いしますよ、乳首さん」「たりいいいい」とかボーイとやりとりしながらホールに出て「どうも初めまして、乳首ですぅ」「いやあ、こいつは綺麗なピンクドンペリだ!」と吸われてつままれつつ吸われて、まあ、そこらへんはふたりえっちを参考にして欲しいんですけど、色々とあるわけじゃん、副業の方も。勿論、本業の方もあるかと思いますけど、こちらは粉ミルクで代用出来るし、アイデンティティを喪いかけてる。副業の方だけでも稼いでいけるだろうけど、もっと君は輝けるから。もっと頑張れ乳首。

もしも悩むことがあるなら僕に相談して欲しい。愚痴でもなんでも聞くし、吸うし、摘むし。見るし、時には聞くし。最終的にはまた吸う。全力で手助けする。助けたい。力になりたい。君の側にいたい。


喪黒「あなたのココロはスキマだらけですね」

仁成「ドーーーーーーン!!!!!!」
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渦巻のような

ダイハードに出てきそうな悪役がNumeriと母親に銃を突きつけていたとする。そしてこう言う。

「どちらかを助けてやろう」

同じくダイハードのマクレーン警部だったら鮮やかにとまでは行かないものの自身も生き延びつつ、どっちとも助けちゃう。マクレーンイズベストコップ。マクレーンイズフォーエバー。でも、僕はぺーぺー大学生で銃の使い方が分からないし、頭もからっきしなのでそうはいかないから「母親」と即答。悪役は悪役だから皆殺し。バッドエンド。これが現実だ。

Numeriと言うテキストサイトがあっておそらく僕が一番読み漁ったテキストサイト略してテキサイだ。まあ、人とましてや自分の母親と天秤にかけたらあれなので、肉で説明すると牛>豚>Numeri>鳥ってな具合。わかりづらいのでもうちょっと説明すると好きなテキストサイトの三本の指に入る。ああ、最後のくだりのだけでいいじゃん。


好きなものに影響を受けやすい性質(と書いてタチと読む)である僕の文章、勿論レポートとか履歴書とかそこらへんはあれとしてラインにオンしている文章からはNumeriの風味が少しする。

Numeriの記事に記事の書き方って言うのがあって簡単に説明すると起承転結にどんなエッセンスを垂らしていくかってな記事なんだけど、それを読んだ時に思ったのは「すぐに真似したい」だった。

でもいくら影響受けてるったって記事の書き方までは同じじゃないから結局真似できない。僕なんかは最初の一文を決めて後は手のふるえで書いていくから起承転結とかもう本当にやめてって感じで結局そこらへんは僕は僕のやり方でするしかない。
ってもどうなんだいってのはあるんすよ。十人十色なんて言葉があるけれど、王道ってもんがあって僕は農民E。やっぱり王様が羨ましい。神々しい。妬ましい。Numeriの書き方が王様かどうかはあれだけど、やっぱりそこはアクセス数。やっぱり起承転結とかプロットとかそこらへんのあれをあれしてあれしたい。

結構な懸念事項。悩みは他にない。

やり方違いで形式的なあれの話に変わるのだか。

ヤフーのメールの中のノート部分に最初に一文書く。後は適当に書いて出し尽くしたら落ちを書く前に余分な部分とかを消して落ちを考えて書き終わったらctrl+aにctrl+c。ブログの更新画面を開いてctrl+vに題名で完成。投稿ボタンをクリックしてすぐにエンターをスターンッ!スターンッは余計だけど、気持ちの問題。駄目押し。完全なる勝利。汚されるfc2のサーバ。

しかし、まさかこいつも僕の夢の中でまで糞みたいな記事をアップされるとは思いもしなかっただろう。悩むってのはよくない。パソコンに向かってブログを更新する夢のために悪夢という言葉がある気がした。題名は確かパンティーと僕の二者択一。内容は忘れた。脳よ、ありがとう。あと5000くらいどうでもいい記憶を消してくれ。

もう考えるのはやめにしよう。ブログなんて単なる趣味。それも僕の人生の中で考えれば負の財産。サーバ的にも何か大事なもの的にも得はしない。

初めの一文を書きたいがためだけに書いたこの記事はまたwwwを汚すのだろうけど、僕を思考の鎖から解き放った大事な、んー、なんだろう。いや、特になににでもない。いつも通りのクソの文章。

僕の宗教

じいちゃんが死んだ時もばあちゃんが死んだ時もお坊さんが来てお経をあげていて「テンポ上げて読むわけにはいかんのかね。ゆっくり読む意味が分からない。そろそろ足いてえし。早く切り上げてくんねえかな」なんて思って横を見たら親父は悠々と胡坐。「駄目だ、こいつ。なんとかしねえと」と思ってあたりを見回すとおじさんも従兄弟もアグラで血のつながりを強く意識しながら足を崩した。祖父と祖母の時がそうだったからおそらく僕が死んでもお坊さんが来て物々しくお経を上げて戒名をくれるはずだろう。戒名を貰ってあのオーソドックスなお墓に入るのだ。

だから僕は仏教徒となる・・・・・・のだろうか。

別に仏様に対して思い入れもない。ましてや信仰なんて。まあ、でも特にそれに対する弊害はないし、むしろ意味が分からない宗教よりかはよほどいいから消極的な理由であっても仏教徒ってことでオッケー。

聖戦って言う言葉を確か高校の世界史で習ったんだけど、宗教的な理由で工程される戦争のことで十字戦争とかが有名なはず。日本とかでもあったようですね。詳しくはセルフサービスで。

まあ、他教徒と戦え、ぶっ殺せってことですよ。意味合いを凄く間違った感じにシンプルにしていると思うのでだけどね。結局戦争ですから。

いや、でもね。おそらくあの人たちだってだって戦争なんかしたくないはず。僕なんか胸ぐら捕まれてぶん殴るぞなんて言われて「やめましょうよ。めんどくさいし」と言うよいなちんこがあるんだかないんだかな臆病な人間だから正直血の気の多い方々の考えは分からないのですが、でも殺し合いは一部の人格破綻者を除いて嫌なはず。

でもあの時代の人たちは聖戦と銘打って戦い、殺してそして死んだ。宗教的な理由以外にも時代とか政治とか色々あるんだけど、他にも理由があるらしい。

聖戦で死んだものは楽園で永遠の処女と毎晩セックスが出来る。

そんな教義みたいなもんがイスラム教にはあるらしい。うわあ、アホ丸出しじゃないですか。セックスのために頑張るってもう、いやだ、このちんこ。まず永遠の処女の意味が分からないし、するたびに「痛い、痛い」言われてたらなんかもうインポになりそうだし、そもそも好きな人とがベストだし、毎晩セックスしたいわけでもない。

僕はよくおっぱいに埋もれて死にたいなんて言うんだけど、これもどうかと思う。なかなか魅力的と言わざるを得ないけど、でもやっぱりベストな死に方は自宅のベッドで妻と子供、孫に手を握られて・・・なんて死に方だからやっぱりおっぱいはノーセンキュー。ていうか70くらいになったらさすがに性欲とか女体に対する情熱は薄れているだろうし、女性に囲まれて「俺、今死臭ぷんぷんなんじゃなかろうか。こいつまじでくせえとか思われているかもしれん」とか考えて安らかに死ねなそう。却下。

死んだ後くらい人の気持ちとか係わり合いとかそういう色々とめんどくさいものを廃して死んでいたい。セックスはその願望を全然満たさないどころか正反対のところにあるから生きている間だけでそれも30歳くらいまでで満足しておきたい。

僕はパンチラくらいでいい。パンチラこそが僕の天国。

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