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[PR] ポイント ギャラクシー 2007年11月

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彼女はペヤング

「女子よりもむしろ男の方がロマンチックだ」とたまに聴く。僕もこの論を主張する。今日はこの論を証明するサンプルになる話をしたいと思う。




彼女の瞳を見つめていると僕はいつも余計なことまで話してしまう。そう早い話が失言。瞳が言葉を吸い込んでいるような気がするって言うのはこじ付けに過ぎないのだけど、その日もそうだった。


「君は僕にとってペヤングだ」

僕は「またやってしまった。」と思って彼女から目を逸らして煙草に火をつけた。彼女は「ふふっ。」と下をむいて笑ってすぐに僕の方を見て「どういう意味?」と聞いた。

顔を動かさないまま彼女のほうを見ると彼女は透き通るような笑顔で僕は少しくらりとした。

彼女の方を見ないまま煙草をふかしていると彼女は諦めたのか話を変えたので僕はようやく彼女のほうをむいた。その日、ペヤングの話が出ることはなかった。


数日後、彼女と手をつないで街を歩いていた。僕はボーッとゆっくり歩いて、彼女はショーウィンドウを見つめながらやっぱりゆっくり歩いた。

急に彼女が僕の方をむいて

「ねえ、この前の君は僕にとってペヤングだってどういう意味?」

僕は焦った。言わないほうがいいのではないか。そう思った。


実はこの「僕にとってペヤングだ」と言う言葉は正確じゃない。「君と僕の関係は僕とペヤングの関係のようになるかもしれない」こちらのほうが正しい。僕とペヤングの関係が生まれたのは確か、去年の夏だったと思う。でも去年の夏の話をする前に2年前の春の話をしなければならない。


2年前の春。3月に高校を卒業して大学に入った。

まだ授業が始まって間もない頃、なんとなく一緒にいるようになった友人といえるかどうかも分からないクラスメイトとコンビニへ昼食を買いに行った。僕はカップやきそばを食べることにした。いつもはUFOばかり食べていたのにその日は違った。そうペヤングを手に取った。何故ペヤングを手に取ったのかは思い出せない。華やかな大学生活を夢見て浮き足立っていたせいかもしれない。


それから僕らはいつも一緒だった。昼食、夕食、夜食。朝食にペヤングを叩き込んだこともあった。朝帰りした時に最寄り駅近くのコンビニの前でうんこ座りで出勤途中のリーマン片目にペヤングを食べたのもいい思い出だ。


未来永劫、僕らのこの関係は続くと思っていた。でもそれは案外簡単に壊れた。


話は大学生活も今までの学生生活の延長で僕の学生生活はどうあがいたって灰色なんだとようやく分かった頃へ飛ぶ。そう、去年の夏。

大学と家の往復で必修の講義だけ受けてちゃっちゃと帰って家でネットの繰り返し。ちなみに昼食はやっぱりペヤングだった。

その日もいつもと同じで退屈な講義を受けてペヤングを食べて帰ってパソコンをつけた。いつもと違ったのはwikipediaでペヤングの項目を見たことくらいだった。でもそんな些細の出来事はその日を特別にするに十分に値する出来事でなんでそうかって言うとペヤングの名前の由来が「若い(ヤング)男女二人(ペア)で食べて欲しいから。ペアとヤングを足した。」ってなセックス臭漂うものだったって気づいてしまったから。

ヤラハタ直前の喪男だった僕はそれがいたく気に入らなくて勝手に「裏切られた。」なんて考えた。いや、実際に裏切りだ。例えば、ペヤングのパッケージがもうちょっとオシャレだったり、ラブい感じだったりするなら分かる。でもあの地味なルックスでその由来を図り知ることはできないと断言できる。カップル向けよりも独身向けにしたほうがピンとくるものがある。


それから僕はペヤングを一切口にしなくなったかと言えばそうではない。名前がくそったれで
も味には変わりない。ペヤングの本質は保たれたままだから。

冒頭の「君は僕にとってペヤングだ。」これはもしも彼女に裏切られたとしてもきっと僕は彼女のことが好きだと言う意味だった。「そんなときが来るとしたら」そんなことを考えて僕は寂しさに殺されそうになった。


これを彼女に全てぶちまけると彼女はすごく笑って「安心した」と言った。


それからすぐに続けて

「いやー、ペヤングってどういう意味か分からなくなって男友達に相談したんだけどねー。そいつがカップラーメンオナニーなんじゃね?お前は気持ちいい。とかすごい断片的なんだけど、まあ、そんなこと言ってたからそういう目で見られているのかと思った」

と言ったから僕は噴出して顔を鼻水まみれにした。


これを女子よりもむしろ男の方がロマンチックだ論を証明するためのサンプルとして提出します。
彼女をペヤングに例えたことについてはまた今度話し合おう。
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ブログ考

たまに思い出す。

ブログを作った当初のことを。2004年の夏の日のことを。


あの頃、ブログは全盛期を迎えていた。眞鍋かをりがブログ女王と言われて人気が急騰したのもあの頃だった。ブラウン管には連日、人を小ばかにしたような笑顔浮かべたホリエモンが映ってた。そんなホリエモン率いるlivedoorのブログを使っていたあの頃。

あの頃の僕はそりゃもうブログに取り付かれていて落ちのない話からコンビニで買った物までことあるごとに更新していた。「彼女欲しいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!」だけの時もあった。そして携帯で自らのブログを確認し、「くそ!コメントがつかない!」といらだつのだった。とにかくもうコメントが欲しかった。


今思えば、コメントなどつくはずもない。そんなブログよほどの文才を持った人物、人を惹きつける魅力を持った人物、友人、家族、その他知人、はたまた有名人の書いたものでなければ面白くなどない。

「コンビニ言ってきたwwエロ本とワサビーフ買って来たwwwwワサビーフうめえwwwwww」

と言うのが僕が書いていた記事だ。勿論ログが残っているわけではないので「こんな感じだったな。」と言う具合で書いた。自分で書いて立ちくらみを起こしそうになったのだけど、よくもまあ、こんな文章でコメントが付くと思っていたものだと少し感心する。早い話が上記の文章。「糞つまんねー。」ってこと。そして3年前の自分の自己顕示欲に驚きを隠せない。あの頃の僕は起きて寝る前まで勉強。それは夏の終わりとともに2chに取って代わるのだけど、自分を押し殺していたことは確かだ。それゆえブログにはまったのかもしれない。

さて、今の僕であるが、3年の経験によりコメントをもらうということの難しさについてよく知っている。携帯から自分のブログを確認することは皆無だし、更新した記事にコメントが付いていなくても「ふふ。」くらいのもんだ。勿論コメントが欲しくないわけではない。それゆえにコメントを公開性にしている。でも、しかし固執しているわけではない。そして多くのテキストサイトやブログを閲覧し、面白い文章に触れた。そこで知った。自己顕示欲丸出しの文章は面白くないと。ブログ自体自己顕示欲を具現化したものだ。と言われたらまあ、そうなんです。ここで言っているのは程度の問題。五十歩百歩とか言う奴は死ね。ここで付しておきたいのは面白い文章に触れたからと言って「今僕が書いている文章は面白い」と言っているわけではないということ。自分の文章のつまらなさを知ることができた。とでも言うべきか。

コメントに固執することもなくなり、自己顕示欲もさほどなくなった今。
「なぜブログを続けているの?」と大塚愛を大人っぽくしたような感じの瞳先輩が首をかしげて聞いてきたら

気だるそうに笑って「面白い文章を書いてあなたに笑って欲しいから」と答える。

あとは瞳の出かた次第。パンツを脱いだらインサートする。顔を歪めたらパンツを無理やり脱がしてインサート。ポカーンとしていたらその可愛い口にちんこを突っ込んでやればいい、嘲笑もまた同じ。こっちはもう辛抱ならんねん。

このあとの展開は前回の更新を読んだ奇特な方は分かると思うのだが、「あなたの笑顔が見たいから。」これは女子向けの答えであることを注約しておかなければならない。女子の前でかっこつけるのは男の性。許して欲しい。もしもこのブログを瞳が見ていたらあっかんのおしまいなんだけれども。その前に瞳って言う知り合いなんて皆無なのだけども、正直に言おう。僕が今もブログを続けている理由。


「アクセス数が欲しいから更新している」


今、何人の人が僕に哀れみの目を向けることか。「ブログの楽しみを忘れてしまったのね。さようなら、私のギャラクシー」そう言って涙を流す女子もいるだろう。いや、いない。

しかし、ちょっと待ってくれよ、ガール(いない)。ブログその他のホームページを見てごらん。ほとんどがカウンターをつけているだろ?あれは誰のためにあるか知っているかい?自己(管理人)のためだ。己のHPの閲覧者数なんて把握しておく必要はない。しかし、知りたいのだ。アクセス数を見てHPの値踏みをする訪問者もいるだろうけど、それはあくまで二次的なもので管理人はそれを意図してカウンターをつけたりはしない。たまにカウンターのないブログを見るが、おそらくカウンターのつけ方が分からないのだろう。またはHPの値踏みを避けているからか。

と言うことでだ。アクセス数を気にするのは管理人とすれば当たり前なこと。管理人達はカウンターを見て一喜一憂する。最初は純粋にブログを楽しんでいた者もいずれはアクセス数の誘惑に取り付かれる。それほど、アクセス数は甘露なものなんだ。致し方の無いことなのだ。それに、だ。アクセス数を増やすために更新をすると言うのは己のブログに愛着を持っているから故なのである。誰も責められまい。

ここで読み手が気になるのは「なぜアクセス数が欲しいか」だろう。謹んで答えよう。



オフ会でちやほやされたい。ただそれだけだ。強くて小さな僕の願い。

数ⅠA

「仏の顔も三度」

「限度は二回だよ」と言うありがたい御言葉であるが、今日はこれを僕で持ってして証明したいと思う。




大学に行こうと家を出たものの途中でだるくなる。

そんな大学生が日本中腐るほどいる。多分7割くらいの学生は大学へ向かって退屈な講義を受ける。ノートをとっていた手は止まり、肘をついて首を垂れ、意識は奥へ奥へ奥へ。チャイムの音に気づき起きる。「ああ、さぼればよかった。」と後悔する。残りの学生はサボタージュを決め込む。大学ではない、どこかへ。例えばパチスロ、卓を囲んだりする。その帰路「明日は大学行こう。」と決心し、その決心は翌朝ベットで粉々に壊される。

「君はどっちなのかな?」
大塚愛を少し大人にしたような瞳先輩が少し首を傾けてこんなクエスチョンを投げかけてきたら僕は少し男前な顔をして煙草に火をつけて大げさに煙を吐いてから

「僕は前者ですよ。学校はかったりーけど。瞳先輩に毎日会いたいから」

と答える。あとは瞳の反応しだい。頬が少し紅に染まったならアプローチをかける。「今夜どうや?」と。可愛い顔が歪んだならきっぱりと諦める。まあ、確実に後者(煙草をもてあそびながら)。


さてここで「僕は前者」と言う答えは女子向けであることを注訳しておかねばなるまい。僕は後者の人間。後者中の後者であることを付け加えなければなるまい。女子の前でかっこつけたいのが男子の心理。誰も僕を否定できまい。しかし、僕もmixi限定でイケメンともてはやされる人間。mixiを終の棲家にしようと目論んでおるのだけど、イケメンと言われるだけあって(社交辞令)やっぱりそこらの大学生と僕は違う。パチスロに行って一喜一憂したりしない。卓を囲んで隣の住人に壁を叩かれるなんてこともない。

喫茶店へゴー。

どうです、この御洒落具合。おっぱいのことしか考えていないと思ったら大間違いなんですよ。一度ネットを離れればカフェテリアでお茶。カフェテリアと言ってもミスドなんですけど。

男は丁度、高校生くらいでしょうか。甘いものが苦手になってくるもんなんです。僕もその流れに乗りかけたのですが、見事に脱線。今でも甘いものに目がない。そんなキュートな20代です。そこでよく利用するのがミスド。あそこは女子の巣窟で僕なんかが行けばブリザードのように冷たい目で見られるのですが、負けじと「オカズにするぞ(夜的な意味で)。」と目で訴えるんです。

さて先日。僕は学校へ行くべく家を出た。確か、そのときはもう4時過ぎでしてね。最後の授業も遅刻なんですけど、まあ、一服して帰るかくらいの心意気。講義を受ける気は0。しかし愛車にまたがった瞬間、全身のやる気と言うやる気がどこかへ天昇なすったので手をぽんと叩き「ミスドへ行こう。」と相成ったわけです。ミスドに行くといるわ、いるわ。女子高生達が。「どの娘と援助交際しようか?よしこの娘!」と一番可愛い娘がいるテーブルの横に座ります。

「さて、援助交際するからにはパパって呼んでもらうか。でも20でパパは切ないな。となるとお兄ちゃんか?でも妹萌えはない。あ!先生で行こう!今日も冴えてる!」と考えながらドーナッツを食べていると隣のテーブルの可愛い女子高生が怒り狂いうはじめましてね。

「あいつ超うざいんだけど!」

とミスド全体に響き渡る声でどなり始めたのです。「うわ、僕?ごめん!なさい!」と謝りかけた刹那

「まじ無理無理無理。もうあいつと付きあうのは勘弁」

とまた女子高生の怒号がミスドに響き渡ったので「僕じゃなかった・・か・・・」とつぶやきホッと胸をなでおろした。しかしこれだけでは収まらない女子高生。

「ブス!」「デブ!」「カス!」「死ね!」

などと罵詈雑言の嵐。「ああ、これが全て僕に対する言葉だったら。」とマゾな僕は股間を膨らませたのでした。

大抵の怒りと言うのは外に出してしまえば、消えるもの。だんだん落ち着いていく女子高生。今ではもう可愛くポンデリングなんか食べてる。その頃には僕はもうドーナッツを食べ終わってしまって「食欲を満たした所で性欲を満たしたい。ポンデリング食ってる女子高生よりちんこ食べてる女子高生が見たい。」とか考えているとまた女子高生が切れ始めた。標的はさっきと違うみたいですが、火の勢いはさっきのそれと同じくらい。いやそれ以上と言ったところ。ミスドで修羅を見ると思わなかった。「くわばら、くわばら。」とつぶやいているとまた可愛い女子高生へ。と思ったらまた修羅に。とまあ、これを20セットくらい繰り返しやがりましてね。アイスカフェオレお代わりに行ったらホットカフェオレしかお代わりできなくて泣く泣くアイスカフェオレを三倍飲み終わって煙草も残り半分になってました。当然外は真っ暗。

帰り道僕は思った。

20人は多い。世の中に腐るほど人間がいるといっても嫌いな人が20人は多すぎる。性格が悪い僕でさえ2人。僕を最底辺と定義するならば、やはり限度は2だと思う。


 

さてさて、話は変わって先日。

僕はAVを見ていた。

すごい上物を見つけてちんこが取れるくらいにオナニーをかましたかったのだけど、2回で止めておいた。すると次の日も支障なくベストの状態でオナニーが出来た。俗に言うエブリデイベストオナニーな状態。例えば3回やったとする。すると次の日にオナニーをかまそうとしてもちんこが痛くて快適なオナニーはできない。一回じゃ物足りない。でも三回は翌日のことを考えると出来ない。であるからやっぱり2なのである。


(反論してくる奴、首を傾げている奴を月までぶっ飛ばしてから)証明終了。


【参照】
えぶりたいむべすとおなにー【エブリデイベストオナニー】
①毎日節度を持ってオナニーする様。②オナニーは一日二回までが適当であるの意(出典:広辞苑 第五版)。

夏が終わる頃

去年のことだ。夏の初めとともに僕は一人の女子と付き合い始めた。初めての彼女だった。僕はデートの場所決めに困る所か彼女にどう接したらいいかも分からず、毎日疲労していた。二ヶ月を過ぎた頃疲れはピークに達した。めんどくさいという感情が彼女に対する愛情に勝った。彼女の存在が疎ましくなった。そんな僕の心に気づいたのか、彼女は「友達に戻ろう。」そんな言葉を残して去っていった。夏の終わる頃だった。


それから僕は普段の生活に戻った。自分のことさえ考えていればいい。気楽な、自由な生活。今まで彼女とのデートに使っていた時間と金はAVに変わった。現実の女子からはぐんぐんと遠ざかっていったが気にはならなかった。AVがあればよかった。時折思い出される元カノの顔もすぐに忘れた。

しかし、そんな幸せな時間も長く続かなかった。射精後に訪れる特異な時間。誰かが言っていた。「オナニーが終わった後って凄く冷静でいられるんだけど、この時間がずっと続けば俺は今頃ポルシェを乗り回すIT社長だったはずだ。」と。唯一男が性欲と言う呪縛から開放される時間。

僕はこれを「オナニーの向こう側」と呼んでいる。

オナニーの向こう側ではAVなんて不要なんだけれど、停止ボタンを押さない限りその間も女優は画面の中で淫らに踊る。性欲から開放された僕はぼーっと女優を見つめ続けた。するといつもの淫らな女優、言い方は悪いがメスが一人の女子に見えた。AV女優といえども一人の女子。それに気づいた。

AV女優なんて「ファンです」って言ったら当りかまわずセックスさせてくれるようなビッチだと思っていた。でも、皆が皆淫乱ってわけではないはずなのだ。

例えば「お父さんが死んじゃって家計が苦しいから私が稼がなきゃならない。」とかそんな涙、涙のエピソードが。あるかもしれない。画面から見て取れる情報を全てとは思っていけない。そんなことを冷静な頭で考えていた。しかしオナニーの向こう側なんて光の速さで終わる。僕ら男は性欲と言うカルマに縛られて生きているんだ。「AV女優可哀相。僕が守る。」とか考えているうちにちんこがいつの間にか立ってて二回戦へ。そんなことが何回あった。


最初の認識の変化から二週間ほど過ぎたある日。その日は金曜日で時間は日付が変わる頃だったと思う。金曜日の夜に健全なもてない男がやることと言ったら一つでなんだ?って問われればオナニーしかない。僕も健全なもてない男であったから、「それはそれは濃いオナニーをかましてやるぞ。」と意気込んでAVを購入しに行ったのだ。

AVショップの店内にはやる気の見れない店員と安月給で風俗にすら行けないようなおっさん、母親が買ったような服を着る青年がいた。店内に設置されたビデオからAV女優の喘ぎ声が漏れていた。そんな掃き溜めみたいな所で僕はAVを選んだ。

一時間くらいたっただろうか。好みの女優を見つけた。顔、体ともにエロく、プレイ内容もよさそうだった。僕はすぐさまレジに持っていき料金を払った。

家に着くなり、AVをプレイヤーに挿し込む。いいAVってのは1分見りゃ分かる。

「これは正解だ」

にやりと笑い僕は本能に身を任せた。

数十分後。

そこには果てた僕がいた。果てた後に訪れる冷静でいられる時間が訪れていた。画面の中で乱れる女優。いつもなら女優の体、家庭事情を思って涙する所なのだけれど今日は違った。

「誰かに似ている・・・・?」

下半身を露出させたまま懸命に思い出そうとしたが、無理だった。考えている途中でまたピンコ立ちになった僕は二回戦へと進んだ。

それから何回果てたか分からない。中学卒業と同時に精力が弱まったが、その日は買ってきたAVがよかった。良い買い物をしたとほくそ笑みながら床に付いた。

それから幾度となくそのAVを見た。飽きはこなかった。しかし一向に誰に似ているかは思い出せなかった。たいして気にもしていなかった。




そのAVを買って二ヶ月過ぎた頃。携帯のアドレスを変えようと思い立った。今までの僕のアドレスはshine_shine_oreと言う自虐精神丸出しの卑屈なアドレスだった。生きろ、俺。ともに生きよう。

さすがにこれはまずいと思い、アドレスを変えることにした。

アドレスを変える際にやらなければならないことがある。アドレスを変えたことを通知しなければならない。この作業の時にMAILER-DAEMONって言う人からメールが何通も来て本当に鬱陶しかったのだけれども、それ以上に僕の心を動かしたことがある。

もう別れて数ヶ月たつ元カノのアドレスがあった。
「友達に戻ろう。」
そんなことを言っていた割に連絡は一切なかった。

「また連絡が来るかもしれない」

「もう僕のことなんて忘れている」

そんな気持ちが交差した。
結局、僕はアドレスを元カノのアドレスをそのままとっておくことにしてアドレス変更メールは送らないことにした。踏ん切りがつかない中途半端な選択。


それからまた数週間後。ファミレスで友人と喋っていた時のこと。僕が席をたち、トイレに行っている間に友人に携帯を見られた。そして元カノのアドレスが入っていることを知られた。散々けなされたのを覚えている。

「未練たらしい」
「キモイ」
「ばらされたくなかったらここ(の代金)お前もちな」

僕は何も言い返さなかった。力なく笑ってやり過ごした。ただ最後の一言を言った奴だけは思いっきり向う脛蹴っ飛ばしてやった。

その帰り道。友達と別れ原付の上で「元カノのことが好きなんじゃないか?」と自問自答を繰り返した。答えは出なかったけど、やはりアドレスは消せなかった。ただこのまま中途半端なままにしておくのは良くないと思い、消すか連絡するか。どちらかにしようと決めた。


三日後。

僕は元カノのアドレスを消した。僕が出した答えは僕がアドレスを消せなかったのは恋愛感情からではなく、元カノに一言謝りたかったからなんだとということ。これが正しいのかどうかは分からない。しかし、元カノは元気にやっていると風の噂で聞いた。僕よりイケメンで面白い彼氏もできたと。今更僕が謝ったら不快なだけだろう。そう考えるに到り、消した。これで一区切り付けることができたと思った。


答えを出したその夜。僕は上記のAVを鑑賞していた。淫靡な声を出し、上下に運動する女優を見つめながら僕は果てた。そしてまたあの時間が来た。見れば見るほど誰かに似ている。今日もまた誰か考えた。あの時間が終わりを告げる寸前に僕は悟った。


元カノ。


その女優が似ていたのは元カノだった。

目力のある大きな瞳。まっすぐに通った鼻筋。すっとした輪郭。

元カノの顔の特徴を全て抑えていた。


それ以降、そのAVでは一切抜けなくなった。AV女優が元カノに見えて仕方がなかった。僕と別れた後、親父さんが死んでしまって元カノが稼ぐしかない。そんな状況になっているのではないか。もしかしたら僕と別れたのはAV女優になるからで負い目を感じたのではないか。そんな考えが頭をめぐるからだ。そして何より、吹っ切れたと思っていた元カノを吹っ切れていなかったことにショックだった。


そして未だにそのAVを手放せないでいる。

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