ベッドにて女の子と乱痴気騒ぎした後はいつも虚しい。毎晩、毎晩腕の中で眠る女の子を眺めながら僕は祈る。僕の罪が消えるように。僕の中の穢れが、僕から彼女に入り込んだ穢れが消えるように。彼女を汚してしまったことを彼女の両親に打ち明け、殴られ、罵倒されたい。そこに愛はあった。必ずあった。しかしそれが両親に関係あるだろうか。ただ愛しい娘がどこかの男に抱かれたと言う苦い事実だけ。愛が無ければ苦すぎる事実。ああ、娘をもつのだけはやめとこう。
想像が僕の夜を殺す。甘い夜はすぐに姿を変えて地獄になる。僕はもう誰かと一緒に寝たくない。至って普通な日常の裏側。それを僕は想像で見てしまった。
想像は人を殺すね。
とある文筆家は漠然たる不安なんて書き残して死んだけれど、彼の人生と僕の人生。比べると哀れなもので僕が可哀想になるからやめておくけど、漠然たる不安なんて誰しもがもってるものだと思う。ただ彼は作風から察するに彼はとりわけ漠然たる不安を想像するのに長けていたから彼は漠然たる不安に死んだ。漠然たる不安の母は彼の想像であってだから彼は想像に殺されたのだろう。彼がもしも明るい、希望、未来、人間賛美についての小説ばかり書くような人であれば玉川上水に漂うことはなかったのかもしれない。
想像は時に人を殺す。
正しくはこうなる。ああ、それなら自分は安心だと思ってはいけない。大変危険だ。
銃は人を殺す。銃は人を殺すために作られたから。だから僕らは銃を持つときに細心の注意を払う。
ライオンは人を殺す。どうだろうか。ライオンはいつも人を殺すのか。ノーだ。満腹なライオンは人を殺したりはしない。しかしその牙の恐ろしさ故に人はライオンの前に姿を表さない。
想像は人を殺すのになぜ僕らは想像に注意を払わないのか。想像が殺すのは自分以外の誰かと思ってはいないか。明日想像があなたを殺す可能性が0ではない。そこに想像の危うさがある。その危うさに気づかなかった愚かな男こそが僕だ。想像は人を選ばず殺す。
貧相な想像力しか持ち合わせていないセカンド童貞2年弱の僕でさえもプレイボーイ風の日記をでっちあげてしまったがため今こんなにも想像力に殺されかけている。
本当の間抜けは僕だ。僕に残っているのはちっぽけな親からの遺産10億円だけ。